ラストダンスは「恋の片道切符」♪
見てました。
お弟子さんのお姉さんらは「先生踊らんのけ?」とか言ってました。
たぶん先生はお弟子さんらに遠慮してたんでしょうね、それにお弟子さんたちは、
「おっちゃん。次、私と踊って」とか言って父は引っ張りだこでした。
なんせ大人の男はその場に父しかいないのですから^^;;
先生が遊びに来る時はいつもタクシーで来ました
ウィスキーと当時はまだ、高価だったチーズやサラミを持って。
先生もウィスキーが少し回ってきたのか父と踊りはじめました。
あまり背が高くなく、トランジスターグラマーな人でした。
旦那さんは旅館の板前さんで、私と同じ年齢の男の子と母がめんどう見ていた子と
二人の子供がいました。
その子らとよく金沢のヘルスセンターや福井県の三国ファミリーランドに連れて
行ってもらいました。
その頃私はお金持ちの人だと思ってました。
財布にはいつもお札がいっぱい入っていて、着くとすぐに皆に千円札をくれました。
先生ら大人の人らはビールを飲みながら民謡やら、かしまし娘みたいな感じの
ショーを観てました。
さてダンスの方ですが、「骨まで愛して」も少し飽きてきたのか、代わりに
バーブ佐竹の「女心の唄」でも少し踊ったりしてました。
もう皆、酔いも回ってきたのか少し休憩みたいな時間があってから、「最後はこれや」
と父が言い、レコードをプレーヤーに載せました。
私も二歳年下の妹の手を取り、笑いながら大人のマネしてジルバをおどりました♪